「それは<傍点>何か</傍点>があるってことなんです。違いますか?」

 小松は灰皿に煙草を置き、右手の中指で鼻のわきをこすった。しかし天吾の問いかけに対しては返事をしなかった。

 天吾は言った。「この子はまだ十七歳、高校生です。小説を読んだり、書いたりする訓練ができてないだけです。今回の作品が新人賞をとるっていうのは、そりゃたしかにむずかしいかもしれません。でも最終選考に残す価値はありますよ。小松さんの一存でそれくらいはできるでしょう。そうすればきっと次につながります」

「ふうん」と小松はもう一度うなって、退屈そうにあくびをした。そしてグラスの水を一口飲んだ。「なあ、天吾くん、よく考えろよ。こんな荒っぽいものを最終選考に残してみろ。選考委員の先生方はひっくり返っちゃうぜ。怒り出すかもしれない。だいいち最後まで読みもしないよ。選考委員は四人とも現役の作家だ。みんな仕事が忙しい。最初の二ページをぱらぱら読んだだけであっさり放り出しちまうさ。こんなもの小学生の作文並みじゃないかってさ。磨けば光るものがここにはあります、なんて俺が揉み手をしながら熱弁を振るったところで、誰が耳を傾ける?俺の一存なんてものがたとえ力を持つにしても、そいつはもっと見込みのあるもののためにとっておきたいね」

「ということは、あっさりと落としてしまうということですか?」

「とは言ってない」、小松は鼻のわきをこすりながら言った。「俺はこの作品については、ちょっとした別のアイデアを持っているんだ」

「ちょっとした別のアイデア」と天吾は言った。そこには不吉な響きが微かに聞き取れた。

「次の作品に期待しろと天吾くんは言う」と小松は言った。「俺だってもちろん期待はしたいさ。時間をかけて若い作家を大事に育てるのは、編集者としての大きな喜びだ。澄んだ夜空を見渡して、誰よりも先に新しい星を見つけるのは胸躍るものだ。ただ正直に言ってね、この子に次があるとは考えにくい。俺もふつつかながら、この世界で二十年飯を食ってきた。そのあいだにいろんな作家が出たり引っ込んだりするのを目にしてきた。だから次がある人間と、次があるとは思えない人間の区別くらいはつくようになった。それでね、俺に言わせてもらえれば、この子には次はないよ。気の毒だけど、次の次もない。次の次の次もない。だいいちこの文章は、時間をかけ研鑽{けんさん}を積んで上達するような代物じゃないよ。いくら待ったってどうにもなりゃしない。待ちぼうけのまんまだ。どうしてかっていうとね、良い文章を書こう、うまい文章を書けるようになりたいという<傍点>つもり</傍点>が、本人に露ほどもないからさ。文章ってのは、生まれつき文才が具{そな}わっているか、あるいは死にものぐるいの努力をしてうまくなるか、どっちかしかないんだ。そしてこのふかえりっていう子は、そのどっちでもない。見ての通り天性の才能もないし、かといって努力するつもりもなさそうだ。どうしてかはわからん。でも文章というものに対する興味がそもそもないんだ。物語を語りたいという意志はたしかにある。それもかなり強い意志であるらしい。そいつは認める。それがナマのかたちで、こうして天吾くんを惹きつけ、俺に最後まで原稿を読ませる。考えようによっちゃたいしたもんだ。にもかかわらず小説家としての将来はない。南京虫のクソほどもない。君をがっかりさせるみたいだけど、ありていに意見を言わせてもらえれば、そういうことだ」

 天吾はそれについて考えてみた。小松の言い分にも一理あるように思えた。小松には何はともあれ編集者としての勘が具わっている。

「でもチャンスを与えてやるのは悪いことじゃないでしょう」と天吾は言った。

「水に放り込んで、浮かぶか沈むか見てみろ。そういうことか?」

「簡単にいえば」

「俺はこれまでにずいぶん無益な殺生をしてきた。人が溺れるのをこれ以上見たくはない」

「じゃあ、僕の場合はどうなんですか?」

「天吾くんは少なくとも努力をしている」と小松は言葉を選んで言った。「俺の見るかぎりでは手抜きがない。文章を書くという作業に対してきわめて謙虚でもある。どうしてか? それは文章を書くことが好きだからだ。俺はそこも評価している。書くのが好きだというのは、作家を目指す人間にとっては何より大事な資質だよ」



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