天吾はやがて文芸誌の新人賞の下読みの仕事も与えられた。本人が新人賞に応募する身でありながら、一方でほかの候補作の下読みをするというのも不思議な話だが、天吾自身は自分の立場の微妙さをとくに気にするでもなく、公正にそれらの作品に目を通した。そして出来の悪いつまらない小説を山ほど読むことによって、出来の悪いつまらない小説とはどういうものであるか、身に滲みて学んだ。彼は毎回百前後の数の作品を読み、なんとか意味らしきものを見いだせそうな作品を十編ほど選び、小松のところに持っていった。それぞれの作品に感想を書いたメモを添えた。最終選考に五編が残され、四人の選考委員がその中から新人賞を選んだ。

 天吾のほかにも下読みのアルバイトがいたし、小松のほかにも複数の編集者が下選考にあたった。公正を期していたわけだが、わざわざそんな手間をかける必要もなかった。少しでも見所のある作品は、どれだけ全体の数が多くてもせいぜい二つか三つというところだし、誰が読んでも見逃しようはなかったから。天吾の作品が最終選考に残ったことは三度あった。さすがに天吾自身が自分の作品を選ぶことはなかったが、ほかの二人の下読み係が、そして編集部デスクである小松が残してくれた。それらの作品は新人賞をとれなかったが、天吾はがっかりもしなかった。ひとつには「時間をかければいい」という小松の言葉が頭に焼き付いていたからだし、それに天吾自身、とくに今すぐ小説家になりたいわけでもなかったからだ。

 授業のカリキュラムをうまく調整すれば、週に四日は自宅で好きなことをしていられた。七年間同じ予備校で講師をしているが、生徒たちのあいだではかなり評判が良い。教え方が要を得て、まわりくどくなく、どんな質問にも即座に答えることができたからだ。天吾自身が驚いたことに、彼には話術の才が具わっていた。説明も上手だったし、声もよくとおったし、冗談を言って教室をわかせることもできた。教師の仕事に就くまで、自分ではずっと話し下手だと思っていた。今でも誰かと面と向かって話をしていると、緊張して言葉がうまく出てこないことがある。少人数のグループに入ると、もっぱら聞き役にまわった。しかし教壇に立ち、不特定多数の人々を前にすると、頭がすっと晴れ渡った状態になり、いくらでも気軽に話し続けられた。人間というのはよくわからないものだ、と天吾はあらためて思った。

 給料に不満はなかった。多額の収入とは言えないにせよ、予備校は能力に見合っただけの報酬を払う。生徒による講師の査定が定期的におこなわれ、評価が高ければそのぶん待遇は上がっていく。優秀な講師をほかの学校に引き抜かれることを恐れるからだ(実際にヘッドハンティングの話は何度かあった)。普通の学校ではそうはいかない。給料は年功序列で決まるし、私生活は上司によって管理され、能力や人気など何の意味も持たない。彼は予備校での仕事を楽しんでもいた。大半の生徒は大学受験という明確な目的意識を持って教室にやってきて、熱心に講義を聴いた。講師は教室で教える以外には何もしなくていい。これは天吾にとってはありがたいことだ。生徒の非行や校則違反といった面倒な問題に頭を悩ませる必要はない。ただ教壇に立ち、数学の問題の解き方を教えればよかった。そして数字という道具を使った純粋な観念の行使は、天吾が生来得意とするところだった。

 家にいるときは、朝早く起きてだいたい夕方近くまで小説を書いた。モンブランの万年筆とブルーのインクと、四百字詰め原稿用紙。それさえあれば天吾は満ち足りた気持ちになれた。週に一度、人妻のガールフレンドが彼のアパートの部屋にやってきて、午後を一緒に過ごした。十歳年上の人妻とのセックスは、どこにも行きようがないぶん気楽であり、その内容は充実していた。夕方に長い散歩をし、日が暮れると音楽を聴きながら一人で本を読んだ。テレビは見ない。NHKの集金人が来ると、申し訳ないがテレビはありませんと丁寧に断った。本当にないんです。中に入って調べてもらってもかまいません。しかし彼らは部屋には入ってこなかった。NHKの集金人には家に上がり込むことが許されていないのだ。



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